真っ白な床と大きなガラス窓。宇宙船。その外には暗い宇宙が広がっている。 「ケル、お前いつまでこんなことしてるんだよ」 「ん〜?」外を見ていたケルベロスが振り返る。 「心配してくれてるの?カロは優しいね〜」 「は?違うんだけど…」 それを遮る。 「でも、大丈夫だよ」 言葉には有無を言わせない圧があった。 「オレ達と人間じゃ寿命が違いすぎる」 「そうだね。カロがかわいがってた生き物だって…」 「その話は、」 カロンは困ったような顔をする。 「あのたかが数百年にカロは今も取り憑かれている」 「違う、オレは…」 「…私も同じだよ」 カロンは訝しげにケルベロスを見る。 「忘れられないんだ。この社会で関わったすべてのものをね。だから振り返れない、新たに積み上げるしかない。なにも考えずになにも見ずに、ただ目の前の感情に従うだけ」

「カロ、生きるって苦しいね。どうして私たちは死ねないんだろうね。カロは…もし死ぬことができたら、あのときふたりを追いかけていた?」 「……そんな、たらればしたってしょうがないだろ」 「そうだよね、ごめん」 沈黙。 「だけど、たぶん…オレはふたりを追いかけなかったと思う」 大切なものを失ったとは思えないくらいあっさりと言い切る。 「どうして?」 「オレはひとりでも生きていけるから」 「つまり?」 考えるように少し間を開ける。 「…オレたちは長い長い時間存在し続けることができる」 「そうだね」 「つまりまあ、オレたちはマトモじゃないんだ。正しくネジがはめられていない、正しく組み立てられていないから耐えられる。最初から壊れてるんだ。確かに後を追うことを考えたよ。だけど、あのときのオレは、ずっとあったあたたかさと同じくらい冷え切っていた。死ぬなら勝手に死ねばいいと本気で思っていた。最低だよ。最低な自覚があるのに、オレは変われない。オレは…あの数百年ですら変わらなかった。その事に対して今もなんの感慨も抱いていない。そういう生き物なんだよ」 「…そうかもね」 「だけど、オレから見たお前はマトモで正しい。お前は文明から見たら異物なのに、受け入れられている。お前はすごいよ。オレには分からないものを知っている。オレが知らないことを分かっている」 沈黙。 「ふむ、もしかしてお礼を言うべき場面かな?」 「オレは真面目な話をしているんだが…」 「ふふっ、冗談だよ。ごめんね」 「お前はいつも…いや、はあ…それがお前なのか」 「ふふっ、でもね、私から見たカロもマトモだよ」 思ってもいない事を、と私が囁く。 「はあ?オレがマトモ?」 「私たち、似た者同士なのかもね?」 「勘弁してくれよ…」 そう言い残してカロンはどこかへ消えた。 私はぼんやりとカロンがいた空間を見つめる。 私は文明が好きだ。そしてそこに生きる社会が好き、生き物が好き。好きだから見ているだけじゃなくて、関わりたいと思った。ずっとずっとひとりの空間で考えごとをしているのは寂しかった。この長い時間をひとりで孤独に過ごすことを考えると気が狂いそうだった。そう考えたところで私は気がついてしまった。自分が死なないことに、自分が消えないことに、気がついてしまった。自分という存在が永遠に存在し続ける。地面が抜けて落ちていく感覚。苦しくて足元がふらつく、自分を保っていられない。叫びそうになる、吐きそうになる。気が狂う、おかしくなる、耐えきれない。私は叫びそうになる。そんなことしても意味がないのに、何にもならないのに。ここに居ても、どこにいても変わらない。どのくらいかも分からない間、私は発狂し続けていたと思う。何回も恒星に身を投げた。ブラックホールに飛び込んだ。それでも私は存在していた。そうして長い長い時間が経った後、私は突然吹っ切れた。やっぱり長い時間私は笑い続けて、それが収まったあと私は落ち着いた。私がカロンと出会ったのはその頃だった。 私はカロンが好き。だけど、それを伝えることはできない。私たちは永遠を生きる存在。今はよくても数百年後は?私たちの感覚で言えば数百年は一瞬だ。だけど、数千年は?数万年は?その先は?自分たちはずっとずっとずっと続いていく。変わらないものなんてない。それはこの宇宙を見ていれば分かる。私たちは変わらない、変わることができない。なぜなら壊れているから。だけど、私は、そしてカロンは正しくつくられてしまった。孤独を知っている。だから長い長い孤独に耐えられない。それに、私はカロンが私の気持ちに応えて、私のことを特別に思ってくれることを望んではいない。そんなの私が好きなカロンじゃない。カロンは他人になんの感情も抱かない、孤高で純潔で繊細なきれいな存在だから。触れたら壊れてしまいそうな儚さ、だけど触れたら壊れてしまうのはこちらなのだと感覚で理解せざるを得ない圧倒的な存在感と強さ。そうじゃないカロンなんて、カロンじゃない。あのときのカロンは少し危なかった。あの数百年のカロンは私の憧れの大好きなカロンとは少し違っていた。特別な感情を持って、それを誰かに向ける。カロンがそんなあたたかい感情を持っていることが気持ち悪くて嫌で嫌でしかたなくて、その感情を教えたのが、向けられたのが私じゃなかった事が苦しくて寂しくて、気持ち悪くて嫌だった。でも、カロンは戻ってきてくれた!あのふたりがいなくなってしまったことは本当に心から寂しかったし悲しかった。こんなこと思ってはいるけれど、私はこの宇宙にいるあらゆる存在が大好きだから。だから、ちょっともやもやはしたけど私も大切に思っていた。だから、私は少し寂しかった。だけどあの後のカロンはなにも変わっていなかった。私たちは変わることができない。カロンは孤高で崇高できれいで正しくてなにも変わらない!その変わらない、ということが、カロンの存在すべてが、ずっとずっと続いていく自分の道標であり命綱。大好き、初めてあなたを見たときからずっと大好き。大好きだから見ているだけで、ほんの少し認識されるだけで充分。傷なんて残したくない、自分なんかがカロンのなかに残るなんて気持ちが悪い。カロンに傷をつけてはいけない、カロンは何ものかによって傷ついてはいけない。これは絶対だ。私の道標をなくしてはいけない。

「ふふっ!」私はご機嫌になって、身体を揺らしながら宇宙船の廊下を歩く。このまま、このまま何も考えなければ大丈夫。カロンを信じて文明を愛していれば大丈夫。そうすれば私は生きていく事ができる。生を恐れるな、私を感じるな。目を閉じて、ぶつかる感覚を楽しもう。そうして私は生きていく。存在し続ける。

だから、だから、いつか訪れないその日のことを考えずに存在し続ける。