同じ夢を何回も見ている。何も見えない闇の中を走る列車、チカチカ光る照明。世界中のどこからも忘れ去られたように寂れた内装。身体はあたたかさも冷たさも感じていないのに心は底冷えする冷たさを感じている。足の裏から振動が伝わってくる。列車が揺れるたびにガタガタという音が聞こえる。懐かしい空気だと思った。私はこの空気と雰囲気を知っている。ずっと前からここにいたことを知っている。私は横に並んでいる座席に座って目の前の空間をぼんやりと見つめていた。動くという概念を忘れてしまったようで身体は全く動かない。動こうという意思はどこか外の闇に置いてきてしまったみたいだ。思いつかない。頭は靄がかかったように動かない。何も考えられない。視界は曇りガラスを挟んだように曇っている。何も見えていない。遠くからガタガタという音が聞こえる。音が聞こえていることは分かる。それを認識することができない。情報を伝えるための回路が全て焼き切れてしまっている。私はもうとっくの昔からもう壊れてしまっている。受け取ることも返すこともできない。ただここにいるだけ。何も見てない。何も考えていない。何もない。なにもないことにずっと昔から気がついている。私には絶望も希望もないことをきっと最初から知っていた。 どれほど時間が経っただろう。私は瞬きをした。一瞬目を閉じて開いた。目の前の席に女の子が座っていた。私に向かって微笑んでいる。その子を認識した瞬間、頭にかかっていた靄も目の前にあった曇りガラスもなくなった。女の子は最初からここにいたかのようにその空間にしっくりはまっていた。私はこの空間はこの子がいることで完成するのだという何回目かも分からない気付きを得る。この空間は彼女のためにある。ずっと彼女が帰ってくるのを待っていた。私はそれを知っている。昔から何回も知っていた。それを何回も見ていた。女の子の足からきれいな石がはえているのに気がついた。光を反射して冷たく光っている。とてもきれいだと思った。この後どうなるのか私はずっと知っていた。空気がその冷たさを増していく。寒さを感じないはずなのに寒気がする。足が震えている気がする。恐ろしいと感じる。自己を蝕むような根源的な恐怖。それでも身体は動かない。女の子の身体は少しずつ石に変わっていく。女の子は微笑んでいる。まるで石で出来ているように表情が一切変わらない。その頬に触れたらきっと冷たいだろうなと思う。でも私の身体はいつまでたっても動かない。私はふと思い出す。きっとずっと前から私はここで凍り付いていたのだ。そして彼女もきっとずっと最初から石で出来ていたのだ。最初からこの場所はそうして完成していたのだ。私は最初から何も変化などしていなかったことを思い出した。最初からこの空間はこんなにも冷たかったし、女の子はずっと石で出来ていたし、私はずっとここで凍っている。外の闇には何も見えないし列車はどこにも向かわない。どこにも辿り着くことなく同じ場所をぐるぐる回っている。最初からどこにも行けなかったんだ。そのことに気がついた瞬間、列車の照明が私たちの上の一つを残して消えた。足の裏の振動もいつの間にか聞こえなくなっている。音もなにも聞こえない。完全に無の空間が広がっている。私は息を吸おうとしてそれが出来ないことを思い出す。ずっと息をしていなかったのだから今は苦しいはずなのだ。猛烈な息苦しさを感じた。凍っていた体で無理矢理に生きようとしたから、だからきっと罰を受けているに違いない。生きてない私が生きようとした罰なのだ。苦しくて涙が滲む。身体を動かそうとする。きれいに凍ったまま、完成された世界のひとつのパーツとして、何も望んではいけなかったのだ。私はきれいな世界を構成する部品のひとつになりたかったのだ。それが今は叶っていた。それを忘れて捨てたのは私だった。これは罪なのだ。だから許されない。許さない。常に自分が許せない。動かない。動けない。常に自分は動けない。どこにも行けない。列車は闇の中をひたすらに走り、そしてどこにもたどり着かない。ぐるぐるする。視界がまた曇っていく。頭に靄がかかっている。息が出来ないのは、車内が水で満たされているからだと気がついた。列車が深海に向かって進んで行っていることに気がついた。光も届かない闇の世界。水圧で車両が悲鳴を上げる。押しつぶされる。私は潰されている。遠くに小さな光が見える。私はその光の正体をきっと知っている。助けを求めようとして手を伸ばそうとした。でも身体は動かない。動かせない。そのとき彼女がこちらに手を伸ばすのが見えた。石で出来ているはずの身体を動かしている。浮かんでいる。光に向かって浮かんでいく。動けると思った。まだ最後にやらなくちゃいけないことがある。まだそれがずっと残っている。遠く薄い意識を手繰り寄せて私は手を伸ばす。きっとその為にここはある。私はいる。彼女がいる。視界の端で私の腕が持ち上がるのが見えた。動ける。呼吸を取り戻す。闇に落としたはずの意思にもう一度触れる。ぐるぐると一周してまた戻ってきた。また戻ってこられた。だからまた進まないといけない。おわりなんてない。だから怖くて仕方がない。だから手を伸ばす。手を伸ばす。彼女の腕がこちらに近づいてきて私に触れる。掴めた。触れられた。彼女と一緒に浮かんでいく。光が闇を塗り替えていく。あたたかい。あたたかさに包まれている。彼女と目が合って、彼女は微笑んで、瞬間、私は目を覚ました。

心臓がバクバクしている。息が上がっている。ぼんやりと私は腕を伸ばす。手は空を切った。あの子は誰なんだろう、と何回目かも分からない言葉を私はまた口からこぼした。きっとずっと最初からその答えを知っている。