殺人、流血、暴力の描写があります

暗い場所を漂っている。ここにはなにもない。冷たくて暗い世界だ。時折眠りから目が覚める。遠くになにかがあるのを……ああ、適切な表現が思いつかない。言葉も思考も知らない自分にはなにも感じられない。ただ感覚に近い概念がある。今だったら、自分とその他の輪郭を知った今なら、それが何だったのかが分かる。感じた、知った。ガスや岩石の塊。歪む空間、流れる時間。でもまだそれらを理解はしていない。だけど私にとって宇宙はそういう場所だった。行き来する光、粒子、物質。なにもない空虚な闇。触れられない。関わらない。通り過ぎて行く。柔らかなそれを感じる。そうしてまた目を閉じる。眠りにつく。ふわふわと漂う。 何度目の目覚めだろうか。目を開けるとそこに何かがあった。いつもとは違う何か、私が知らない何か。当時の自分はそうだと認識していなかったけど、便宜上そうだったと言葉にしてみる。記憶とは脳に刻みついた火花のようなものだ。私はこれを記録ではなく記憶にしたい。だから言葉にしてみる。そう、言葉にするならこう……私はそれを見たいと思った。どうしてそう思ったのか自分にも説明ができない。でも、それがなんなのか知りたいと思った。そうしたら目がうまれた。そしてそれが見えた。なにか塊だ。私はそれに触れたいと思った。そうしたら手がうまれた。手を伸ばす。そこにはなにかがあった。私はそれを知りたいと思った。私の一部が流れ込んでいく。私が塊の中を流れていく。知っていく。過去と私でやり取りをする。私とそれの境目がなくなっていく。それが体験したことを自分の体験のように感じる。飛び立つ前の高揚、揺れるエンジン。それから、皮膚を走る焼けるような痛みと身体が潰れそうになるような力。耳元で鳴り響く轟音。重力を振り切るために加速していく。空気が揺れる。その波が身体を揺らし頭にまとわりつく。身体が大気と擦れて熱を帯びる。それが終わったと思ったら、つめたくて静かな空間をひたすらに飛んでいく。私は機体にのせられた何かがある事に気がつく。金色に輝くレコード。これは昔使われていた探査機のようだった。人類というものが残したメッセージが残っている。音、科学、画像、音楽、考え、感じ方。私はそれを何回も見て、何回も聞いた。変な記号、よく分からない音。不思議な星や書かれた数字。そして、見たこともない景色。どこか遠くにある世界の風景。そこから届いた遠くの世界への贈り物。私はそれを受け取った。あなた達からの贈り物、届いたよ。 遠くに明るく燃えるガスの塊が見える。水素、ヘリウム、それは太陽というらしい。太陽系、地球。 彼らが住む星の場所を私は見つめていた。

暗い場所を彷徨っている。ここにはなにもない。冷たくて暗い世界だ。ここはどこだろう。周りは一面が雪に覆われている。耳元で風が唸っている。ぼくはずっとなにかに追われるように歩いている。自分が息をする音が遠くから聞こえる。心臓が暴れまわっている。手足が痛い。頭が割れそうなくらい痛い。もうこれ以上歩けないのに歩くしかないからひたすら足を動かしている。行くあてもないのに止まったら何かに襲われそうで怖い。動き続けているのに身体がどんどん冷えていく。熱があるみたいにふわふわする。夢を見ているみたいだ。ぼくはどうしたいんだろう。ぼくはどうなりたいんだろう。分からない。そんなことを考えていたら足がもつれて転んでしまった。頭がぼーっとする。視界が揺れる。目の上がふわふわする。手足に力を入れて立とうとするけど身体は全く動かない。冷たい空気を吸うと肺が燃えそうになる。この星はもう生き物が生きていける環境じゃない。あらゆる生き物の存在を拒絶しているようだ。きっと生きものが、人間が嫌いなんだろう。もしくはそう、きっと疲れたんだ。だから身体を生かしてあたためるのをやめてしまったんだ。この星はもう生きるのをやめてしまったんだ。分かるような気がする。ぼくも生きるのをやめたいと思う。そんな下らない事を考えているうちに手足は冷え切って力が入らなくなっていた。もう疲れた。ぼくも同じだ。みんな疲れきってやつれている。人間もそう、あらゆる生き物も植物もなにもかも、あとはもう眠るだけだ。ぼくも生きものも星も長く存在しすぎた。まぶたが重くて目を開けていられなくなっていく。身体を丸める。冷たい世界がぼくを押しつぶす。雪に埋もれる。こうしているとあたたかい気がする。すごく眠い。でも眠ったら駄目だ、後ろから誰かが追いかけて、追いかけてくる。 力を振り絞って後ろを振り返る。そこには白い髪の、誰かが一瞬見えて、ぼくは目を閉じた。

夢を見ている。また暗闇の中を漂っている。つめたくて静かで落ち着く場所だ。だけどなにもない。熱も光もない。孤独だ。自分自身も孤独も知らずに漂っていた時には感じなかったものがたくさんある。孤独、寂しさ、光、熱、あたたかさ。音、科学、画像、音楽、考え、感じ方。なにかあたたかいものが流れ込んでくる。あたたかくて安心する。ぼくの中を流れていく。どこかで星が弾ける音がする、原子の雲がクルクルと回って宇宙に風を起こす。風が種を運び、星はそれを捕まえて育てる。それを私たちは見ている。その仕組みを知りたいと思う。過去の姿を垣間見る、表現をする。考える、感じる。太陽に目を向ける。少しずつ近づいている。少しずつあたたかくなっていく。星がまわる、心が動く。銀河が揺れる、宇宙が胎動する。あなたの、心臓が動く。鼓動が聞こえる。愛おしい、と思う。きれいだと思う。心が動く、涙が流れる。この感情を自分はまだ知らない。だから、目の前の光に手を伸ばす。星の軌跡、雲の流れ、水滴が落ちる。私は光に手を伸ばす、その手は空を切る。空から落ちた雪があなたを濡らす、冷たい世界があなたを押しつぶそうとする。私はあなたを見ている。あなたの事を自分はまだ知らない。だから、手を伸ばす。この星が冷たくはない事を私は知っている。まだあたたかさが残ってる事を私は知っている。だから、あなたにそれを伝えたい。ああ、でも、そんな事本当はどうでもいいんだ。私はただ…あなたとお話がしてみたい。あなたのことを知りたい。この星のことが、生きる存在の事が、それが動かす全てのものが、私にとっては光り輝く素敵な、とてもきれいなものだから。