手を伸ばす。君の輪郭に触れる。君の外側をなぞる。ずっと遠くにあったように見えていた君はこんなにも近くにいた。ずっと気が付かなかった。ずっと知らなかった。触れることがこんなにも簡単だったこと、怖がっていたのは自分だったこと。自分が触れようとすることで見えない何かを壊してしまうことが怖かった。それでも自分たちは手を伸ばしたんだった。それでもあなたに触れてみたかった。あたたかい。あなたの存在はこんなにもあたたかい。涙が出そうなくらい幸せだった。心が張り裂けそうなくらい嬉しかった。頬にそっと触れてみる。あたたかい。私のものじゃないあたたかさ。あなたにしかないあたたかさ。私たちはやっぱりバラバラだ。同じじゃない、同じになれない。どうしてもバラバラな私たち、どうしても分かり合えない私たち。あなたのことがずっと大好きだった。幸せだった。

名前を呼び合う。笑い合う。手を取り合う。 それだけで良かった。それだけできっと全部伝わったと思う。 バラバラになる。溶け合う。消えていく。 君が笑っていて良かった。終わりの時にひとりぼっちじゃなくて良かった。 君と一緒にいられて良かった。ずっとずっと幸せだった。 名前、私達は違う存在なのだという証明。ずっとそれが嫌だった。どうしても同じになれない、分かり合えない。私たちは永遠に孤独なのだ。それが悲しかった。でも今はそれで良かった。違う存在で、違う私達で良かった。こうして名前を呼ぶことができる、あなたの涙をぬぐうことができる。手を繋ぐことができる、抱きしめることができる。同じになれない、あなたの事が分からない。平行線のように、ただ隣で回る噛み合わない歯車のように。だけどそれがずっとそれが幸せだった。あなたのことを考える時間が好きだった。あなたと一緒にいる時間が大好きだった。ひとりじゃないことがこんなにも嬉しい。側にいられることがこんなにも幸せ。 同じじゃないから、手をとれた。 同じだから、一緒にいられた。 自分は自分で良かった。同じになれて良かった。 同じになれないなら少しでも長くちょっとでも近くにいればいい。ずっと一緒にいればいい。その事に気がつけるのにずいぶんと長い時間がかかってしまった。でもその長い時間はきっと何一つ無駄な時間じゃなかった。この時間をふたりで過ごすための時間だったんだと思う。なにひとつ無駄じゃない。なにひとつ取り残さない。なにひとつ取りこぼさない。

ここには全てがある。 その全てが無駄なもの。全部消えてなくなるもの。 この世界には無駄なものが多すぎる。全部余計な装飾でしかない。もっと大切な何かがここにはあったはずなのに。 大切な何か?それはなに?ここにはなにがある?なにがあった?……なにもなかった。剥がしたデコレーションの血糊が手に染み付いている。血は私に世界の残像を見せる。血は目に焼き付く。私が壊したものが流した血だ。赤い血が、青い血が、緑の血が、たくさんの色が目に焼き付いて離れない。無駄だと切り捨てようとしたそれは確かに生きていた。生きていた、今はもう死んでいる。私が殺したからだ。これからも生きていたはずの命、いずれ死んでいく命。存在は錨、肉体は枷、そんなものに囚われているのは可哀想なことだろうか。生まれたから死ぬ、存在があるからおわりを願う。生きているから生を望む。分からない。分からない。死に至るだけの生になにがあるというのだろう。苦しみ、喜び、憎しみ、しあわせ、幸せ……けどそれも一瞬のうちに消える。全部消えてしまった。なにも、何ひとつもなかった。そう、ここにはなにもない。なにも聞こえない。なにも見えない。なにも感じない。なにもない。最後は無にかえる。記憶は海に、記録は木に、存在は無に、思い出はあなたに。「すべて」と「海」は同じ概念だ。そこにはなにもない。繰り返す。うまれて死ぬ事を繰り返す。「バラバラ」は繰り返してなんかいない。海が一時ある形を得るだけ。その行為の繰り返しに、過去の類型に夢を見る。この世界は海が見る夢だ。「カイム」、君の名前。君のための世界。君のための夢。夢を見る…鏡を見る。そこに私がいる。私?私はあなたじゃない、似ている、あなたに夢を見る。誰の夢?他の誰かの夢……他の誰か。繰り返さない、変化しない。ずっとなにもない。空っぽの世界。空っぽの私。私たち。そう、私たち。似ているだけの私たち、側にいるだけの私たち。平行線のように、噛み合わない歯車のように。あるのは孤独。そして世界の全て。これが世界の全て。何度でも繰り返す。繰り返す。うまれて死んでいく、海にかえる、それが私たち。類型に、未来に夢を見る。それを繰り返す私たち。

ここには全てがある。 その全てが無駄なもの。全部消えてなくなるもの。 私たちはいずれ死ぬ。必ずおわると分かっているのに生きる意味などあるのだろうか。答えはずっと分からなかった。見つからなかった。きっと最初からどこにもなかったのだろう。そんなものどこにもなかった。意味も理由も価値も答えもなにもない。ないから見つけられなかった。分からなかった。ここには何もない。何もないからうみだした。寂しいから作り続けた。それでもずっと空っぽのままだった。空っぽの世界。空っぽの私。私たち。あるのは孤独。永遠に彷徨い仲間を探している。繋がりを求める。たとえ必ず終わるのだとしても、結局分かり合えないのだとしても、孤独しかないのだとしても、その中で見つけた繋がりは、安らぎは、幸せは、喜びはそれだけはずっとずっとここにある。それが私。私の中には全部残っている。それが私。それが世界。私は世界の全て。何一つ失われない、取りこぼさない、何一つ忘れていない。忘れられるはずがない。あたたかな記憶の全て。どうか次の私が幸せでありますように。未来に夢をみる。生まれてくる私じゃないあなたに、幸せと安寧と、ありったけの幸福がありますように。分からない。分からない……生まれてくることは本当に幸せなのだろうか。「すべて」はあたたかい。「海」にはすべてが溶けている。形なんか得なくても、わざわざ存在しなくても、そこには幸せがある。幸せと安寧と幸福がある。存在は錨で肉体は枷だ。私たちはバラバラだ。考え方も感じ方も違う。それでも誰もが安寧を感じるものが「海」だ。それが「すべて」だ。分からない。私は生まれてきて幸せだったのだろうか?生きるというのは、そんなに素晴らしいものなのだろうか。経験や記憶、感情、それを備える自分自身。得ることや失うことに怯えることはない。喜ぶこともない。無の世界。海には永遠の凪と安寧がある。分からない。きっと私にはずっと分からないのだろう。私たちはバラバラだ。喜びと感じるひとも苦しみと感じるひともいる。自分自身だってバラバラだ。幸せを感じる時も悲しみを感じる時もある。幸せとは何だろう、苦しみとは、悲しみとは、孤独とは、なんだろう。苦しくて息ができない。確かな幸せと同じくらい確かな苦しみがある。息ができない。張り裂けそうだ。これは本当に幸せなのだろうか。分からない、苦しくて仕方がない。頭を掻きむしりたくなる。視界がゆれる。救いを望んでいる、願っている。血を吐きながら愛をうたっている。身体を焼きながら幸せをうたっている。指が頭に触れる。頭蓋にめり込む。指で脳を刺しながら存在をかきむしっている。脳、肉体、存在!!ああ、ここには全てがある。孤独と幸せの全て。私たちの全て。その全てを私は知っている。覚えている。私の心にその全てが重くのしかかる。血にまみれた指が私を指している。救いを願う苦しみがある。崩れ落ちた肉体がただ恨めしそうに私を見ている。あたたかく優しい感情、冷たくて痛い感情。どちらも本物だ。海はずっと優しくて穏やかだ。私は海に向かう。そこには全てが溶けている。海は穏やかに、ただそこにある。幸せも喜びも苦しみも憎悪も一瞬のものに過ぎない。生も死もあなたが見ている幻想、そして夢。大丈夫、一時形を得てまた元に戻るだけ。バラバラになっても私たちはまたすぐにひとつになれる。死は長い、記憶は遠い、あなたは存在しない。怖かったね、もう大丈夫だよ。眠りは心地がいいし夢は優しいから。だから大丈夫、もう何も心配することはないの。さあ目を閉じて、子守唄を歌ってあげましょう。存在という枷はここには存在しない。 。そう、言葉や概念だって 。そんなものに囚われる必要はない。だってここには全てがある、私たちはひとつに溶けている。あなたは優しくて冷たい。あなたは冷たくてあたたかい。死んでいるし生きている。私は全てを内包する。それが世界の正しい在り方。だから大丈夫。私たちはもうひとりぼっちではない、孤独ではない。私たちは共にいる。すべての果てにおわりが待っている。海の向こうで私たちをずっと待っている。

おわりは少しずつそのかさを増していく。足首が沈んだ。次は脚、その次は胴、首、顔。息。目が、おでこ、髪まで、沈んだ。行き場をなくした力は空間と溶け合っていく。バラバラになって混ざり合う。少しずつ溶けていく。空になる。皮膚も血管ももうない。骨がとける。細胞がバラバラになる。私がなくなる。君ももうない。そんなものどこにもない。最初からどこにもなかった。全部全部どこにもなかった。なにもない。ここにはなにもない。あるのは孤独。どうしようもなくバラバラな私たち。どうしても分かり合えない私たち。その全てが、全部は、ひとつ残らず何ひとつ残さず、残せず消えていく。消えている。飲み込まれる。消えていく。溶けて解ける、融解。あるのは孤独。誰とも分かり合えず世界にただ一人だけという感覚。私たちはこんなにたくさんの存在に囲まれているのにその誰とも分かり合えない理解できない、知りえない。その全部は一瞬の夢。うたた寝のようなあたたかい記憶。燃える記憶。戻りたくても戻れない。手を伸ばしても掴めない。手は空を切る、言葉は砕けて落ちる。伝わらないなにもない。誰とも、何とも分かり合えない。あなたの目を見る。頬に触れる。この中に君がきっといる。この肉体は器でしかない。肉体という器の中に私達は入っている。君はこの中にいる。君の目を見る。この目の奥に君はいるのだろうか、触れた頬の向こうに君があるのだろうか。君に伸ばした手の内側に自分はいるのだろうか。分からない、伝わらない。なにもない。空っぽだ。満たされない。ここにはなにもない。ただ孤独な私たち。私たち。