彩度の低い草原をどこまでも突っ切るひび割れた道路。その上を二人の少女が歩いていた。 空は腐った動物の亡骸ような分厚い雲に覆われている。最後に太陽を見たのはいつだったか……もう覚えていない。空をよく見ようと上を向くと、雪だか灰だかよく分からない薄汚い塵が舞っているのがよく見えた。こんな事なら、少し割高でも汚染から身を守る為のオーパーツを買っておくべきだったかもしれない。せめて計測器だけでも……。 私は視線を前に戻した。歩き続けていた事で身体は軽く火照っていたが、空気の冷たさに吐く息は白い。時間はもう夕方だろうか。早く休める場所に辿り着かないと…夏だろうが冬だろうが、夜は凍えるほど寒くなる。白い息の向こうに、薄っすらと建物が見えている。

それからしばらく歩いた後、前を歩いていたもう一人の少女が立ち止まり、こちらを振り向いた。ちょっとした散歩をしているかのような、疲れのない気楽な表情をしている。 「フィー、今日はあそこでいいんじゃない?」 そう言って、さっきよりも近くに見えるようになった建物を指差した。この地域によくあるショッピングモールだ。こういう場所には人の集落があったり、無かったとしても物資が残されている事もある。もちろん、ならず者のアジトになっている事もあるが……ここ数年、外の環境は悪化し続けている。気をつけるに越したことはない。それは、自然に対してもそうだし、同じ種族である人間に対しても。 「そうだね。もう夕方だし急がないと」 「それに、はあ……汚染灰も増えてきたし、嫌になっちゃうわね?なんでこんなに汚いのかしら?早く屋根のある所に行かないと汚れちゃうじゃないの」 私は少し急いで歩き、ぶつくさと文句を言うリィゼの隣に追いついた。水筒を取り出し、手早く水を飲む。リィゼに疲れた様子はなく、息も白くなっていなかった。そもそも呼吸をしているのかもよく分からない。 「リィゼ、水は?」 私はどうせ断られる事を分かっていたが、それでも一応確かめた。 「私には必要ないからいいわ。もう…知っているでしょう?それは人間であるあなたに必要なものよ。まあ?後から後悔して苦しむのが趣味なんだったら頂こうかしら」 「一応聞いただけよ。せっかく気にかけてあげているのに……ま、そんなんだから反乱を起こされて国を追い出されるのよね」 「はあ?それは昔の話よ!それに、私を追い出して、その挙句戦争で自滅したようなバカ種族に必要とされたってなんにも嬉しくないわよ!」 「私も戦争で自滅するバカ種族だけど?」 売り言葉に買い言葉。ヒートアップしそうになっていた言い争いは、その言葉で突然止まる。リィゼは何かを言いかけていたが、その言葉を飲み込んだ。その代わりに、空気を吸い込み、ただ別の言葉を吐く。 「……いいのよ、フィーは」 そう言って、ふいと顔を背ける。 風の音が聞こえる。草が触れ合う音。噴火の音。 リィゼの髪が風に揺れている。 リィゼの言うとおりだ。いつまでもこんな場所で道草を食ってはいられない。私はただの人間だから、汚染でも寒さでも怪我でもなんでも…簡単に死んでしまう。だから安全な場所に向かわないと。 だけど、そんな場所がこの星に本当にあるのだろうか。

私たちは夜になる前にショッピングモールにたどり着くことが出来た。どうやらここには誰も定住していないようで、一周してみても誰もいなかった。 安全を確認した後、リィゼは食糧や飲料、そして今後の野宿に役立つものを探しに行ってしまった。私も付いていこうとしたのだが、疲れてる人がいると足手まといなのよ!と言われてしまった。それでも、リィゼは探しに行く前に、私のリュックをひっくり返して毛布を探し出して、それをご丁寧に頭からかけてくれた。はあ…下手くそ。

私は天井に空いた穴から空を見上げる。 どこか遠くで火山が空気を震わせている。核兵器で汚染された大地。降り積もる火山灰。空を覆い隠す分厚い雲。 私は記憶の景色を思い出す。 どこか遠くにある、余所者を拒絶する都市。廃墟に広がるボロボロの集落。遺跡の周りに集まるハンター達。その成果を狙うならず者の集団。 私は目を閉じる。 滅びた国家、残された人間、崩れゆく建造物。閉ざされた星で、パイを奪い合いながらただ滅びを待つだけの私たち。 私は…、そっと目を開ける。すると、大量の缶詰を抱えたリィゼがじっと私を見ていた。 「なあんだ、寝てるのかと思って静かにしていたのに」 私はモゾモゾと身体を動かし、まとわりつく毛布を引き剥がす。 「あんたが一人で働いてるのに眠れるわけないでしょ。ていうか、そんなに缶詰があっても運びきれないわよ?他の人の分も残しておかないといけないし…」 それを聞くと、リィゼは少しムスッとして顔を背ける。 「そんなの分かってるわよ!」 「分かってるならどうして……」 リィゼは何かをモゴモゴ言っていたが、しばらくして、顔を真っ赤にしてこちらを見た。そして、手元の缶詰を私にグイグイと押し付けながら言う。 「あ、あなたが元気なかったから!その、お…美味しいものを食べれば、元気がでるんじゃないかと思っただけ!そんなに減らず口を叩く元気があるなら、必要なかったみたいね!」 私はそれを聞いて、何も言えずにポカンとしてしまった。確かに缶詰のラベルをよく見ると、私が好きだと話したものばかりだ。 「な、なによ!?そのアホ面!なんとか言いなさいよ!」 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして騒ぐリィゼを見ていると、笑いがこみ上げてきた。私は耐えきれず笑い始める。リィゼは何やら文句を言っていたが、最終的に諦めたようだった。 「はあ、面白かった。まさかリィゼがそんな事言うなんてね」 「もう!心配して損したじゃない!」 私はリィゼの隣に座り直し、肩に寄りかかる。リィゼは何も言わずにそれを受け止めてくれた。 「ありがとう、リィゼ」 「別にいいわよ……」 私は目を閉じる。なんだか眠くなってきた。 「ねえ、リィゼ」 「うん」 ここは、あたたかくて、安心する。 「本当にずっと一緒にいてくれるの?」 リィゼはため息をつく。 「はあ…私がこれまでに嘘をついた事なんてあった?私はバカ種族達とは違って約束は守るわよ」 「そう……じゃあ、リィゼ」 もう、いいのかもしれない。 「眠れるまで一緒にいて」 手がほんのりとあたたかくなった。 「はあ、馬鹿ね。そんなの短すぎるわよ」 頭を撫でられたのを感じた。それはまるで、まるで……? その記憶を掴もうと手を動かそうとして、私はぎゅっとリィゼの手を握り返していた。 そうだ。ここにいる…ここにはリィゼがいる。 遠くから優しい声が聞こえる。 「フィー、これは約束よ。あなたが何と言おうと、私はあなたとずっと一緒にいるわ」 「うん……」 「だから…約束してちょうだい。あなたも…、私を、ひとりにしないで……」 私は頷き、リィゼの手をぎゅっと握った。リィゼもその手を握り返す。もう二度と、この手を離したくない。 私はそのまま、深い眠りに落ちた。

「おやすみなさい、フィー。もう二度と絶対、あなたの手を離さないから」 リィゼのその小さな呟きは誰にも聞かれることはなく、雪と一緒に落ちて消えていった。